"Hold fast to dreams, for if dreams die, life is a broken bird that cannot fly." - Langston Hughes (1902-1967)
『夢をしかと持ち続けよ。
もし夢がしぼんでしまえば、人生は翼を傷めて飛べない鳥のようなものだからだ』
ラングストン・ヒューズ(1902-1967)
・
・
・
アルゴンプライムに来て3年 ヴァル・ディトッシュは最悪だった。
地球類似型惑星を有し、交易拠点や観光地として経済成長を遂げたこの星系は連邦の首都であり歴史と文化の中心地だ。
造船所が併設された巨大ステーション『アルゴンプライム』は、宇宙を駆ける冒険を目指す多くの若き飛行士たちが星系外へと初めて飛び立っていく旅立ちの地としても知られている。
『若き大物』
夢や希望を抱きここから巣立つひよっこたちは総じてこう呼ばれる。
情熱だけで何かを成そうとするその若さへの羨望と、大半が何者にもなれず終わるという現実を知らない彼らへの皮肉が混じり合った呼称だ。
そんな僕も、数十年前に退役した連邦軍の小型機『エリート』となけなしの10,000
僕には夢がある。
宇宙の果てまで探検し、この銀河に眠る謎を全て解き明かすという壮大な目標だ。
きっかけは、『エリート』の動作テストをしていた時だった。
オートパイロットを切り忘れて目標からひどく遠ざかり、セクターの外れまで流されてしまった僕は周囲を把握しようと長距離スキャナーを立ち上げた。
ジャンプゲートやステーションとの反応とも違う未知の信号に興味を抱き慎重に近づいてみると、そこには小さな人工物が浮かんでいた。
スキャナーソフトウェアの診断によると、電子データなどを物理的に保存しておく用途で作られた小型倉庫のようなものらしい。『データ保管庫』とでも呼ぶべきか。
船内から遠隔操作を試みるも反応がないので、EVA(船外活動)スーツに着替えて直接アクセスすることにした。
閉じられたシャッター付近に外部パネルが備え付けられている。
どうやら圧力異常により機能が停止しているようだ。
リペアビームで圧力漏れ箇所を修繕し、流体制御を正常化させることでシャッターが開いた。
シャッターの中に更にパネルがあったりした時は少々面食らったものの、根気よくメンテしていって最後のシャッターを開放することができた。
そこに隠されていたのは、一本の古いオーディオビデオログ。
胸の高鳴りを抑えつつ再生してみる。
約1000年前(当時地球で使われていた年号で表すと西暦2022年)、日本の学生が偶然発見したトンネルジャンプ理論が『科学的に正しい』と証明された。
すぐに2台のジャンプゲートが建造され、火星とプロキシマ・ケンタウリに1つずつ送って地球との星間トラベル実験を行う手筈だった。
しかし2041年、プロキシマに向かった船団との通信が途絶えゲートも不通に。
1年に及ぶ研究の末に何とか再接続できた地球⇔プロキシマ間ゲートだったが、繋がった先はプロキシマではなく、遥か彼方の銀河にある未知のゲートだったという。
地球と同程度、もしくはそれ以上の知識と技術を持つ生命体が存在するのは間違いない。
今なお繁栄している種族なのか、それとも絶滅した古代文明なのかは今の時点では不明だが、ひとつ確かなのは、宇宙開拓時代の幕が上がったということだった。
・
・
・
ログから読み取れたのはここまで。
断片的な情報だったが僕の好奇心に火をつけるのには十分だった。
これはまさしくテランの歴史。宇宙開拓史の序章だ。
宇宙のどこかには続きが記されたデータがあるはず。
それらを繋ぎ合わせた時、失われた歴史の謎が全て明らかになる…!
居ても立ってもいられなくなった僕は、次の日には故郷を飛び出していた。
そうして辿り着いたアルゴンプライム。
ここから僕の輝かしい物語が始まる。
はずだった。
それから何の成果もなく3年。
宇宙を揺るがす発見や歴史を変える大事件にはそう簡単に出会えない。
あのデータ保管庫を発見できたのは本当に幸運だったが、そこが僕の人生のピークだったのだろう。
結局のところ才も無ければ優れた艦があるわけでもない僕は、運が尽きたらただの『凡人』。
今ではステーションに張り出される二束三文の日雇い仕事をひたすらこなす日々を送るので精一杯だった。
ここでスペースハロワで出される求人をいくつか紹介したい。
・タクシー業
寝過ごしたり、バスの時間を間違えたり、同僚の嫌がらせを受けたりで、乗るはずだった船を色んな理由で逃したおっさんを目的地まで運ぶ仕事。報酬は約40,000 Cr。
・配達
あのステーションに部品を届けて、だとか、〇〇さんに料理を届けて、などと頼まれる簡単なおつかい。諸経費は自腹。約50,000 Crの仕事。
・機雷撤去
宇宙は物騒。紛争地帯には機雷が敷き詰められていることがある。
運悪く機雷原に突っ込んだり、追尾式の新型機雷のテストをしていたら間違ってタゲられて身動き取れなくなったドジっ子艦からの救援要請など、撤去依頼は少なくない。
それらを破壊して宙域の安全を確保するたいへん立派な仕事。もちろん爆発に巻き込まれると死ぬ。
命が賭かってるわりに報酬約30,000 Crというふざけた仕事。
とにかく給料が安い。
スパイスを効かせたステーキと果物の盛り合わせの『豪華な食事』が15,000 Crで取引されるこの宇宙。
夢を見るにも金がいる。宇宙の果てを目指すにも戦場で英雄になるにも先立つ物が欠かせない。
良い装備を載せようとするならば軽く数十万Crは飛んでいくし、艦自体を新型に買い替えようものなら当然もっと必要になる。
そう、この銀河は超資本主義。金がすべてなのだ。
夢と現実のギャップを実感するたびに気力は衰え、あれだけ熱量を持っていた探求心も忙殺される日々の中で次第に色褪せていった。
払下げエリートの船体に描かれていたロゴ。
おそらく大昔のテランに由来する、宇宙開拓時代を描いたものだろう。
おとぎ話に出てくるような旧世代の宇宙服に身を包んだ彼の瞳は希望に満ちており、未知なる世界へと飛び込んでいる躍動感が表現されている。
まさしく件のログで語られた宇宙進出始まりの時代、『最初の宇宙飛行士』の象徴であることは想像に難くない。
旅立った時から心の支えにしてきたが、今の僕には少し眩しすぎる。
それでも故郷に帰らず、スペース無職一歩手前でギリギリ踏みとどまっているのは、
「いつか、何かが見つかるかもしれない」という
けれど、そろそろ潮時かもしれない。
ビデオログはしかるべき研究機関に持ち込み、優秀な科学者たちにでも託したほうがいいのではないだろうか。
僕は故郷のアルグニュ牧場で乳搾りでもして、誰かが続きを発見してくれるのを待っているほうが似合っているのではないか……。
増えない口座、将来への不安。宇宙の静寂が孤独感を際立たせる。
今日も、おっさんを配達したり、機雷を撤去したり、おっさんの配達中に機雷原に突っ込んで死んだりする何ら変わり映えのない一日だった。
なんとなくおっさんを乗せたまま小惑星帯を超高速で抜けていったらスリリングで面白そう、という理由でアステロイドベルトに突っ込んだところ当然ながら衝突して艦は停止した。
衝撃から立ち直り顔を上げると、目の前の岩が見慣れない輝きを放っている。
バーナイト結晶!!!
この宇宙でもっとも希少な鉱石であるこの結晶は破片ひとつで破格の値がつく超レアアイテムだ。
パルスレーザーの照準をクラスターに向け慎重に削り取っていくと、破片が湯水のごとく出るわ出るわの大盤振る舞い。
周囲にはバーナイトほどではないにしてもそこそこ値の張るクリスタルが大量に生えており、おっさんの配達も忘れて夢中で掘りまくった。
そう、偶然にも僕は希少鉱石が密集したアステロイドベルトのど真ん中に入り込んでいたのだった。
・
・
・
僕が過ごしてきた日々の中でもっとも輝いていた1時間だった。
インベントリに収まった大量のクリスタル。
交易商を訪ねてこれらすべてを換金したところ……
1300万Cr!!!!!
ちょっと前まで3万4万でヒィヒィ言ってたのが1時間で1300万!!!!!!????
僕は壊れた。
まずは100万ほどの端金で新車を購入。
一部でしか設計図が出回っていない『ノダン』というレアシャーシの小型機だ。
あ~チミチミ、装備は一番高い物を上から全部つけてくれたまえ。
金?そんなもの腐るほどあるんだぜェペペペペペイ!!!
納車された。
流線形のフォルムに赤いペイントが映える美しい機体だ。
銀河の探究者に相応しい艦だ。
正面からみると顔みたいでかわいい。
乗り換えたばかりだというのに操縦桿が実にしっくりくる。微細な制御も思い通りだ。
これはノダン自体の反応の良さも当然あるのだろうが、自分でも気づかないうちに操縦スキルが上達していたようだ。
無為に過ごしたと思っていた3年間は決して無駄ではなかった。
夢追い浪漫号にも『始まりの宇宙飛行士』を刻んだ。
この銀河で自分が何者なのかを証明する時がようやくやってきた。
宇宙の謎も銀河の秘密も、全部僕のものだ!!!
続かない
0 件のコメント:
コメントを投稿